家庭裁判所の現場では
会員・現役家庭裁判所調査官

 「改正」少年法が平成13年4月1日から施行されて約1年たちました。その間に家裁現場でどんな変化が起きているかについて書いてほしいとの依頼を受けましたが、統計的で客観的な情報は新聞等に掲載されましたので、ここでは、家裁で働くあるひとりの調査官として、どんなことを見聞きし、感じているかについてのお話にさせていただきたいと思います。

 ところで、少年法「改正」では、

一定の条件が揃えば検察官が少年審判に参加すること(検察官関与)、担当裁判官が必要と判断すれば、単独でなく3人の裁判官で事件を担当すること(裁定合議制)、少年鑑別所に少年を入れておくことのできる期間の上限を延長したことと少年側が鑑別所に入れられたことに対して異議を申し立てる制度の新設、人を死に至らしめた事件を起こした少年は、家庭裁判所の審判でなく、大人と同じ公開の法廷での裁判を原則としたこと(原則逆送)、事件の被害者や遺族が、審判の結果通知を受けたり、事件記録を見ることや家庭裁判所に意見を申し述べる制度の新設、事件を起こした少年だけでなく、その保護者に対しても家庭裁判所が何らかの措置を執ることができるようになったこと(ただし、強制力はない)といった変更がなされました。 検察官関与や裁定合議を行った事件は、当初から予想されていたように、数の上では少数の事件しかありません。そのため、どのような様子であったか事件ごとにばらつきが大きいです。
 例えば、検察官が審判に加わった場合、検察官が平易な言葉で説明を行うなどに配慮して問題を生じなかったものから、事前に懸念されたように付添人と検察官との法律論になってしまい、少年が置き去りにされたものもあるようです。また、困難な「否認事件」の場合に検察官関与を行うばかりでなく、部分的な否認や否認でなくとも関与する事例が見られ、なし崩しに検察官関与の適用が拡大され、審判での検察官の権限が強まってしまうのではないかというおそれを感じます。それは少年審判の変質を意味します。

 裁判官と調査官との関係で言いますと、「合議の秘密」という約束事があることを初めて知らされました。今まで少年審判では裁判官の合議制はなかったからです。「合議の秘密」というのはつまり、裁定合議制が採用された場合、最終の決定言い渡しまで、担当裁判官以外の人(調査官や書記官等)に事件についての心証や意見を裁判官は伝えてはならないというものです。今まで、調査と平行して裁判官と事件についての話をし、裁判官の感触も探りながら仕事を進めてきた調査官としては、急に裁判官が遠い存在になったような体験でした。ただし、これも、全ての合議事件事例に当てはまる訳でなく、緩やかに運用されて、従来とさほど変わらなかったものもあり、事件の進め方について試行錯誤が続いている(混乱が続いている)状態だと思います。

 いずれも私自身が経験したことがないので、まだ、分かっていないところがあると思いますし、全国の調査官にもそうした人は多いだろうと想像します。そのため、これらが、数の上では圧倒的に多い他の事件の審理に大きな影響を与えている感じはしません。

 原則逆送については、法律は、検察官送致を原則としながら、例外規定を設けています。しかし、その具体的内容が明らかではありません。そのため、事件を担当した調査官は、その事件が、はたして、検察官送致の例外に当たるのかどうかを考える前に、そもそも、何が例外なのかについても考えなければならず、大変な負担です。それに加えて、「合議の秘密」を厳密に運用する裁判官と一緒だと、相談相手もいなくなってしまいます。露骨な表現で申し訳ないのですが、私の同僚たちは多分「法律の変更前なら少年院送致にしたはずの少年を、どうして検察官送致にしなければならないのだろう」とか「少年院送致の意見を出しても、どうせ審判では検察官送致にされてしまう可能性が高いだろうし」などと考えながら、被害者の応報感情のプレッシャーも感じながら悶々としている状態ではなかろうかと考えます。

 原則検送事件は実刑判決が出ていますが、刑罰は少年の更生目的でないので、その年数、刑罰を受けさせることは、少年がよりよい大人となって社会に戻ってくる可能性を低めるのではないかと懸念します。担当した少年の刑事裁判を傍聴に行った同僚は、刑事裁判が少年審判と異って威圧的で形式的な雰囲気であることに憤慨していました。しかし、私は、法「改正」がなされてしまった以上、刑事裁判を受けさせることが本人の更生に役立つような方策がないものかとも考えます。少年刑務所では、少年受入れに向けて、施設の改善や内容をより教育刑に近づける変更を行っています。しかし、収容人員全体の中からみれば、少年はほんのわずかの例外的な存在であり、過剰収容の実体からも、現状では、決して刑務所は更生のためによい場所ではないと思います。

 保護者への措置については、準備不足だった分、裁判所内部で重大な問題として考えられています。今までも保護者調査の中でアドバイスをすることは自然におこなわれてきました。ですから、今回の規定は従来行ってきたことの法律的な根拠を明かにしただけのものとして受けとめられています。しかし、従来は、アドバイスの内容を記録化していませんでしたし、それが適切なアドバイスだったかについての検証も行っていませんでした。ところが、今回の規定ができたことにより、「少年法の5年後の見直し」に備えて、家庭裁判所が保護者に対する措置の適切さと数を示す必要があると受けとめています。保護者への措置は、訓戒や誓約といった表面的な対応では実効が上がらないと考えており、親を元気づけたり、親の問題解決能力が少しでも向上するような働きかけをしたいと考えています。その一方で、数字で残せないと外部に対して説得力のある説明にならないという懸念もあり、数字にしやすい上、実効のある措置をする必要があるという悩ましい問題となっています。

 以上、いくつかの出来事を題材に少年法「改正」の影響を考えてきましたが、事前に裁判所当局が予想していたことよりも現場は混乱しているのではないかというのが、現時点の私の結論です。しかし、不肖の子であっても自分の子には変わりありません。私たちが、家裁で働く限り、あるいは、少年法の下で働く限り、制度上、批判を受けるような点があろうとも、毎日の仕事の中で少年法の目的がかなえられるような努力をしていくつもりです。

<通信02.5月号より加筆・修正>
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